息をかぞえて

禅・こころとからだ

星空

禅にかぎらず何でもそうだと思うのですが、始めた頃の動機とはまた別のテーマが、続けていくうちに出てくると思います。国民的マンガとなった『ドラゴンボール』も、最初は世界にちらばる球を集める「冒険マンガ」でしたが、いつしか魔族や宇宙人から地球を守るため「悟空がひたすら修行する」マンガとなっていきました。息子の悟飯が主役に推された時期もありましたが、いまいち盛り上がらなかったのは「悟飯は修行マニアではなかったから」。僕はそうみてるのですが、どうでしょう? あの世に行っても修行してましたからね、悟空は。

 

さて。僕が坐禅を始めた動機は「つらいので楽になりたい」「こころを強くしたい」といったものでした。その遠因が前回も書いた「両親との不和」で、坐禅を続けることで僕の心持ちも、親との関係も変わっていきました。

 

で、「気持ちを楽にする」とか「親との関係を改善する」とか当初の目的もいまだ継続中なのですが、そのための「手段」だった坐禅が、ある時期からそれそのものへの「目的」へと変化していったと思います。禅をきわめたい、深めたい。行くとこまで行ってみようと。

 

すわっているといろんなことを思い出したりもします。先生から与えられた公案や、リアルタイムで外の世界で起きていることと絡みあって、新たなテーマになっていったり。

 

去年のことですが、とある精神世界の勉強会に参加した時、「死」がテーマになって、僕にも発言の順番が回ってきました。その時に話した、小学3年の頃の記憶。

 

夏の臨海学校で夜、浜辺でキャンプファイヤーをしていたのですが、星がきれいで空を見ていたら「ああ僕も死んじゃうんだ」って思ったんですよね。

 

無邪気にはしゃいでる友人たちも、みんな死んでしまうんだと思いました。

 

ここで、ハア?と言われそうですが、星空になぜか、『あしたのジョー』の力石の顔が浮かんでたんですよね。さみしそうに笑って、消えていきました。

 

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音のない空。地上にひとり。何かが決定的に変わってしまった。

 

その日を境に僕は沈みがちになり、「ママ、死なない薬発明されないかな?」と母親に相談したり、本棚の『家庭の医学』をこっそり調べたり。頭の中は「死ぬ死ぬ死ぬ!」の大合唱ですよ(>_<) しばらくして「えらいお医者さんがそういう研究してるって、ラジオで言ってたわよ」とか母が答えてくれたっけ。ヒステリックな人だったけど、いいとこもあるじゃないですか。

 

こうして思い返すと、いろいろと突っ込むとこはありますね。「小3までお前、死なないと思ってた?( ゚д゚) とか。うん、そうみたい。というか「死」が何なのかわからなかったというか「知らなかった」のだと思う。

 

いくつかの死に出会ってはいました。はじめて飼ったペットのジュウシマツ。おばあちゃん。そして力石。

 

ジュウシマツはたぶん最初の「身近な死」です。かわいがってたから。友達だったから。キューキュー鳴いて、鳥かごを飛び回ってたのが、ある日動かなくなっていた。何が起きたのかわからなかったけど、「元に戻らない」ことはわかりました。つめたさ。さみしさ。目の前の動かない体と、昨日までの記憶にギャップがありすぎて、どうすればいいかわかりませんでした。母にうながされ、庭に埋めてお墓をつくりました。たぶん最初の「死んだものを見送る」経験でした。

 

おばあちゃんは、お棺に入れる前の布団で横たわってる時に、体をゆさぶった記憶があります。「おばあちゃん!」って。死に顔は覚えてないけど、呼びかけてもゆすっても、動かなかったのを覚えています。僕も、まわりの人も、泣いていたのをおぼえています。

 

そして力石徹。『あしたのジョー』のライバル。架空の人物です(・ω・)。だけど死にざまが壮絶でした。過酷な減量でガリガリにやせ細り! 死闘の末にジョーをKOし! そして試合後に悲劇が…。宿敵だった力石を認め、握手を求めるジョー。力石もほほえんで応えようとしますが、ジョーの手とすれ違うように前のめりに倒れていきます。。。

 

当時TVアニメが放映されていましたが、みんなで真似しましたね。「あしたのジョーごっこ」の最後で、力石役が前のめりに倒れる。そのままいくと顔面を強打するので、みんな膝で着地してましたが(笑)。あれはいま思えば成長期の少年が「死」を共有する儀式だったのかもしれません。それくらいに力のあるマンガとキャラクターだったんだなあ。

 

しばらくして、臨海学校の夜空に出てくるほどに(笑)。僕の中で「死を理解する」タイミングだったんでしょうか?

 

 

 

あらためて、「死」って何でしょう?

 

幼い僕の記憶をたどると、ジュウシマツとおばあちゃんが「動かなかった」時、親から「死」というよくわからない言葉を聞かされ、強い印象で焼きついたと思うんです。

 

他にもいちいち覚えてないけど、生活の中であふれていた「死」の情報? 殺人事件や死亡事故のニュース。ワイドショーとか。ガーン!の効果音やショッキングな映像も含めて。それら無数の記憶が意識下に沈澱し、知らず知らず「死のイメージ」が形成されていった。基本的にこわいもの悲しいもの、おどろどろしいものとして。『フランダースの犬』の最終回もショックだったなあ。ネロとパトラッシュが天に召される場面は美しく、そこだけ見ればあたたかいですが、そこまでの展開が寒すぎますよね。。。

 

いずれにせよイメージ。それらはあくまで「イメージ」だったのに、どこかで「死そのもの」のように勘違いしてしまった。実体があるかのように。自分の死を経験したかのように。人って、ほっとくとそうなるように出来てるのかもしれない。経験したのは「他者の死」で、その記憶を持ち歩いてるだけなのですが。

 

僕に「死」の説明をした、親などの大人にしても同じことだと思います。子どもの頃、まわりの大人から聞かされるままに、死とはこういうもの「ということにして」育ってきた。その親もそのまた親も、代々みんなそうしてきた。

 

人にとって「死」とは言葉とイメージだけの存在で、その実態は「よくわかってない」んじゃないでしょうか?

 

でもわかったつもりでやりすごしている。たまに思い出して不安になる。「死んだらどうなるんだろう?」って。

 

前述の勉強会でもそうだったのですが、多くの人が「死んでみないとわからない。でも、たぶん死ぬと真っ暗で何も無くなる」と考えているように思います。天国も地獄もない。理性と科学の時代を生きる現代人には、「真っ暗で何もない」が一番信用できるイメージなのでしょうか。

 

 

でもなんでみんな「真っ暗で何もない」って言えるんだろう? その根拠は何なんだろう? 科学的に証明されてるわけでもないのに。

 

 

「まっくらで何もないところ」は、どこにある?

 

遠く? 近く?

 

つめたいところ? あたたかいところ?

 

 

 

いくら考えても答えは出ません。

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

坐禅では息をかぞえてすわることで、思考から離れたところに戻ります。ものごころついてから頭の中でこしらえてきた、いろんな「イメージ」や「思考回路」がばらけていく。今回の僕の例でいえば、小3以前の「死を知らない」状態に一時的にもどるようです。どうやら、すわってる時はそうなってる。

 

あのとき見てた星空? 

 

 

「死ぬのがこわい病」にかかった小3の夜。そのままメソメソと死んでいくのかと思ってましたが、いま禅の修行をしてることはいいクスリになってるのかもしれません。「死」はどうやら「不治の病」ではない。

 

治ったら「あの世で修行」できるかもしれねえぞ。 なっ!

 

「毒親」のその先。

なぜすわるか? 僕の場合、そもそものきっかけは親との関係だったように思います。表面上は「何不自由ない家庭」だったけど、コミュニケーションがなかった。親は家庭や子供を管理することばかり考えていて、檻に閉じ込められているようだった。感情を自由に表現することや、本心を言うことが許されなかった。息苦しくて息を殺していた。

 

20代半ばで問題が表面化してから、解決のための試行錯誤を続けてきました。父は途中で亡くなりましたが。

 

今から約10年前、35歳の頃にカウンセラーの青木義子先生と知り合えたことは本当にラッキーでした。約1年カウンセリングを受け、その後先生が紹介してくれた坐禅会に通うようになり、思考や感情をみる「内観」や「アサーション(感情を交えず事実を伝える方法)」の習慣を身につけていきました。

 

こころの自由なありようや、人との関係の基本を学びました。親や学校の先生は教えてくれず、友達からも学べなかったことを学びました。

 

 

話を単純化するために使いますが、両親はいわゆる「毒親」だったと思っています。「毒になる親」。メンタルヘルスの世界ではポピュラーな言葉ですよね。元ネタになったのは『毒になる親』(スーザン・フォワード著、玉置悟訳)。親との接しかたの具体的なテクニックや心構えも書かれている本で、僕もお世話になりました。著者はカリフォルニアのセラピストで日本で刊行されたのは1999年。けっこう前の本ですね。

 

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こういった本のおかげもあって、僕は「毒親」との決着をつけることができました。親からの一方的なコミュニケーションを、双方向的なものに改善することができた。20代後半から20年近く費やして(笑)。肉体的暴力こそ振るいませんでしたが、刺し違える覚悟で向き合いました。「対決」の最中は、心から親を憎んでいたと思います。「殺したい」までは行かなくても「死ねばいい」とは思ってた。父にも母にも何度も「死ね!」って言いましたね。それくらい話が通じない人たちでした。自分の言いたいことだけ言って、人の話を聞こうとしない。くやしくてくやしくて。

 

カウンセリングと坐禅。それから読書による気づきなどで(子供の頃から習慣づけられていた)僕の心持ちが変わり、また親の方も年老いて弱り、子供の話を聞き入れるようになってきた。自分の非を認めるようにもなった。コミュニケーションが双方向的になるにつれ、言い争いが減り、ずっと平行線だった会話が「通じる」ようになった。「人間扱いされるようになってきたなあ」と感じたことを覚えています。

 

一番大きな変化は、あやまることができなかった母親が「ごめんなさい」を言えるようになったこと。最初のうちは無理やり謝らせてましたけどね(笑)。

両親から受けてきた「許せない仕打ち」は大小いくつもあって、今もその影響は残っているのですが。でも3年前の夏、ひととおり水に流すことができました。

 

こころもからだも軽くなってビックリしましたね。人を恨んだり憎んだりするのって、ものすごいエネルギーを使うんだなあと。

 

いまは一定の距離を置きつつ、母が一人で暮らす実家をたまに訪れています。父の墓参りも近くを寄った時に。人の基本的な性格や相性は変わらないので、相変わらず母はしゃべりだすと止まらなかったり、受け応えもヘンだったりするのですが(笑)、こんな日が来るとは。

僕も「聞き流す」ことができるようになってきた。以前は「聞き流すのは失礼だ」というガチガチのポリシーがあったのですが、てきとうでもいいんだと。

同じ空間を共有して、そこにいるだけでもいいのかも。生きてる人との関係だけでなく、墓参りとかもたぶんそうですよね。

 

でもここでハッピーエンドじゃないんですよね。母はこの先さらに老いていき、身体も認知も衰えてゆく。そして基本的な性格は変わらず(これまでの蓄積もあって)、ある部分はますます頑なになっていく。

 

人は利己的であるほど孤独になります。「さみしい」と言いたくても、他人(家族も含みます)との適切な距離がわからない人は「どう伝えれば伝わるか」もよくわからない。求めれば求めるほど、周りの人が離れていったり。。。

 

以前なら「毒親!」の一言でかたづけて、「自業自得だから自己責任で!」と放置することもできましたが、今や「元・毒親」ですからね。毒が抜ければただの「親」です。

 

親子なのでね。似たもの同士というか、父や母だけのものと思っていた「自閉気味の性格」や「自己愛的な性格」は、自分にもあるんだなあと思い知らされたり。もっと言えば、親の親、そのまた親から連鎖してるのかもしれない。

 

すわってると、そのへんの全体像が見えてきたりもします。

 

自分も親もその親も、時代時代の「価値観の枠組み」に縛られ、その中で苦しんできただけじゃないのか? その苦しみは代々繰り越され、雪だるま式に膨らみ、風船のように破裂する。もしくはシワシワにしぼむ。その繰り返し。加害者も被害者もいない。

 

 『毒になる親』はアメリカ人が書いた本なので、「個」の視点で書かれてるんですよね。「自分」と「親」の「個 vs 個」の関係から問題を解決していく。それは限定されたわかりやすい視点で、はじめの一歩には最適だと思います。だけど、このやりかたでは途中までしか行けないかな?とも思います。「毒親から逃れる」とこまではきっちり書いてあるけど、そこでプッツリ切れてるしね。その後どうすんの?って感じ。いま読むと、ちょっと「冷たい」んですよ。

 

毒親は悪者 → 切り捨てる → 後は自己責任」的な。癌は切って治す的な? 「悪者」や「邪魔者」をみつけて「排除」していく発想。でも排除してもね、それは「消えて無くなる」わけじゃないんです。視界の外に消えただけで、全体でみれば生きてますよ。

癌もむやみに切らず「共存して経過をみていく」治療方針が支持されてきてるんですよね? 「切る」とか放射線で「焼く」では体を傷つけ、「転移」や「再発」を招くばかり。根治に至らない。今そういうとこまで来てる。癌に限らずいろんなことが。

 

かつての毒が薄れ、でもやはり自分の毒で苦しんでいる「親」。その毒は自分にもあって、自我をもつ「人間」であるかぎり誰にでもある。「毒」とはたぶん「強くなりすぎた自我」のことです。自我が強くなりすぎるのも本人だけの責任とは言えない。周りの環境や社会的要請で余儀なくされることもある。

 

他人の自我はいじりようがないので(そこをいじろうとしたら、それこそ毒親)、今できることは自分の「自我」を禅やヨーガで「解毒」していくことかな、と思っています。どうやらそれって、空間全部に波及していくみたいだし。

 

元・毒親の母に、もう少しやさしくするにも。

うれしい初詣

年が明けました。朝イチで短くすわり、天気も良いので洗濯して、自転車で近所の大国魂神社へ。おみくじは大吉。ここ数年どこで何を引いても末吉ばかりだったので、「やっと来たか」と。末吉って末広がりとか言うでしょ? 徐々に開けていく運勢。だから「今は苦しいがそのうち良くなる」みたいなことが書いてあるんです。毎年毎年ね。

 

 

 

とりあえずひと安心です。

 

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なだらかな息、ぶつからない心。

ずっと晴れ続きでしたが、うす曇りの空。ぐっと冷え、ここ国分寺では粉雪もぱらつきました。一年さいごの日、冬めいてきた感があります。

 

今年は学び多き年でした。特に塩澤賢一先生のヨーガから多くのことを学びました。ここ数年マイペースで続けていた坐禅でつちかっていたものに、別の角度から、はっきりと光を当てることができるようになってきました。

 

「仕組みを理解する」ことが坐禅の目的ではないと思います。が、「坐禅中に起きていることを知る」ことで、すわりかたが工夫でき、結果「よくすわれるようになる」のはよいことだと思います。坐禅を続け、深めることができる。

 

坐禅でもヨーガでも「呼吸」に注目していきます。さまざまな呼吸法やアーサナで息をととのえていく。呼吸と、体の動きと、心の動きが一致するように、調和するように。「浅く短い息」から「深く長い息」へ。「荒く乱れた息」から「静かで穏やかな息」へ。

 

図にしてみます。

 

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心電図ぽいですが、吸って、吐いて、をくりかえす「呼吸の波」です。山から谷への振幅が大きいですね。荒い息、乱れている状態です。で、「呼吸=心」ということにして話を進めます。

 

ここに頭の中の雑念や、外部からの刺激(視覚、聴覚、皮膚感覚など)が飛んできます。

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 飛んできた雑念や刺激は、呼吸(心)の波に衝突します。波の振幅が大きいほど、ぶつかりやすくなります。言いかえれば、呼吸の揺れ、心の揺れが「壁」となり、思いや刺激と衝突する。いちいち反応してしまう。ビクッとしたりカチンときたりウジウジ悩んだり。。。神経過敏で情報過多な状態とも言えます。

 

さて、息をととのえます。

 

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もうちょっと。

 

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ずいぶん落ち着いてきました。

 

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これくらいなだらかになると、雑念や刺激が来ても、すうっと流れていきます。

 

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ね? 雑念も刺激もよく見えます。決して「心を閉ざす」とか「鈍感になる」ではないんです。繊細さはそのままに、マイペースでいることができます。

 

すっきりと、ゆとりある心。なだらかで、ぶつからない。

 

流さず吟味した方がいい雑念や、反応すべき刺激には対処ができる状態です。一喜一憂せず「見守る」ことができる。

 

 

僕の実感をもとに作った図なので、「なぜ呼吸イコール心といえるのか?」の証明は、ごめんなさい、まだできてません。なので具体例になってしまいますが。

 

よくすわれた朝は、満員電車に乗っててもイライラしづらいな、とか。密着してる人の体温とか、ヘッドホンから漏れてくる音、ぶつけてくるカバンにこもったいらだち、停車、遅延を告げるアナウンス。。。みんな何故か「ちょっと遠く」に感じられます。

 

物理的な距離感は、もちろん変わらないんですけどね。ぎゅうぎゅうのスシ詰め。でもそこと重なりあうように、心のスペースはひろびろとしてるのがわかるんです。

 

透明なプラネタリウムの中にいる感じ。快不快含め、自他の感情含め、全ての出来事はごちゃごちゃとその中で起きている。

 

こころイコールからだ、ではないのだなあと最近は思います。こころの容量は肉体を超え、じわじわ拡げていくことができる。鍵となるのは呼吸。息。

 

なだらかな呼吸は、ぶつからない心をつくる。心がぶつからなくなると、人や出来事との衝突も減っていくのだと思います。

 

雲の切れ間から陽がさしてきました。大みそか、除夜の鐘は煩悩の数。すわるにはうってつけの夜です。 

相手にせず、邪魔にせず。

坐禅中やってくる雑念に対して、「相手にせず、邪魔にせず」ということが言われます。青木先生が何年も口ぐせのように言っているので、僕の中でも当たり前のこととして定着してきました。

 

日によって雑念の多い時少ない時、気になる時気にならない時があるので、最近は雑念まみれの坐禅でも(気持ちはよくないけど)「まあいいか」と思えるようになってきました。そういう時もあると。

 

雑念にまみれていても呼吸に専念することが大切で、それができていれば、そうあろうとする気持ちがあれば、とりあえずは良しとしようと。

 

どんな雑念も必ず消えていくのに対して、呼吸は決して途切れないですからね。

 

で、ずっと思ってたのですが、坐禅で雑念を「相手にせず、邪魔にせず」扱う習慣がついてくると、日常生活でも応用ができるようになってくるんですよね。

 

目の前で起こる出来事に対しても「相手にせず、邪魔にせず」と感情のコントロールができるようになってくる。

 

無視する、無関心でいるとは、ちょっと違うんですよね。感情の発露を無理矢理ガマンする、とも違う。状況も感情もきっちり把握しながら「待つ」ことができるようになる。

 

その気になればいつでも動ける状態なので「テンパる」ことが無くなってくると思います。

 

数年前まで僕もそうだったのでよくわかるのですが、思うようにならないと大声を出してブチ切れる人。テンパってて余裕がないんですよね。目の前しか見えてない。ここ最近で2人目撃したのですが、「みすぼらしい」というか、みじめな感じがしました。怒りというか、当人が伝えたかったはずの(言葉でも表現できる)思いは相手に伝わっていないんですよね。ただポカンとされてるだけ。逃げられてるだけ。それじゃまったくのキレ損じゃないですか? 「トイレに行きたい」と言えなくてウンコもらしちゃった子供を見てるようで、せつない気分になりました。

 

歩きスマホでぶつかってくる人とか、お相撲さんのゴタゴタとか、売るだけで修理をしないコンピューター会社とか、カチンと来ることはいろいろとあります。おかしいものはおかしいしダメなものはダメだけど、いちいちキレてたらきりがありません。

 

怒ってばかりいると、いいことが起きていても見つけられなかったりしますしね。

 

とある坐禅会

ひさしぶりに見ず知らずの坐禅会に行ってみました。寺や禅堂ではなく、外国人のカトリック神父さんが主宰されている会です。

 

カトリックの「空気」ってあるのだなあと思いました。場の空気ね。やわらかいヴェールで包まれているような。ただ静かなだけではなくて。すわっていると、その空気が乗り物のように運んでいってくれる。禅定とか瞑想のあるところに。だからよくすわれるんです。

 

いつもの聖心会の坐禅会で感じている空気と、同じ感触のものを感じました。

 

お寺にはお寺特有の空気があって、神社には神社の空気があるように、カトリックにはカトリックの空気があるんですね。僕はカトリックではないけど、カトリックの空気はしっくり来るみたいです。荷物を下ろせる感じ。お寺や神社にはちょっとない感覚です。

もちろん、どこでも一緒というわけではなく、そこを管理しているというか、その場所を守ってきた人びとの心のありようが、その場に反映されているのだと思います。

 

神父さんは物静かですが、瞳の輝きが深く優しい人でした。青いみずうみのよう。

 

坐禅の後にはささやかなお茶会があって、シュトーレンやチョコレートでもてなしていただきました。もうすぐクリスマスですからね。

 

ひとりずつ簡単な自己紹介をしたのですが、みなさん、それぞれに切実な想いをもって坐っているのだなあと思いました。坐禅中はだまって坐っているので、知る由も無いのですが。みんな、なかなか大変だ。

 

キリスト教の場所、ということも影響してるのかもしれませんが、坐禅ってやはり「何かを得る」ものではなく、むしろ放棄する、「重荷を下ろす」ものなんだなあと。こころや状況がつくりあげた重荷をおろしていく。

 

だから「ここまでやればオッケー」というのもなくて、日々続けていくものなんだと思います。

ヨーガの成瀬雅春先生

いま発売中の月刊秘伝1月号で、ヨーガの成瀬雅春先生の対談記事を構成しました。成瀬先生といえば「空中浮揚」。すわったまま1メートル近く宙に浮いてる写真がその昔週刊誌に載ったとかで、オウムの麻原やストⅡのダルシム江頭2:50など、良くも悪くもさまざまなフォロワーを生み、「ヨガ=怪しいもの」というイメージを生んだ張本人だと思っていました。

 

なので僕の中ではずっと「要注意人物」のひとりだったのですが、実際にお会いしてみると、いろいろな意味でパブリックイメージと違う方だったので、「マスコミの情報ってやっぱり信用できないなあ。自分で確かめてみないとわからないなあ」との思いを新たにしたのでした。

 

この日の取材では空中浮揚はなかったのですが、いわゆるハタヨーガの呼吸法を見せていただいて、それが十分に凄かったんですね。この人、めちゃめちゃ真面目に修行してるじゃん! 「秘伝」にも写真が載っていますが、激しい鼻呼吸から息を止める「バストリカ・プラーナヤーマ」。

「息をこらえてる」んじゃなくて、「止まっている」んです。息だけじゃなくて全身が。ピタッと。いやスッと。うーん、表現が難しい。ふさわしい擬音がちょっと見つからない。「止める」んじゃなくて「止まる」ってこんな感じなんだな、初めて見るわ。って感じの止まりかた。デジタルの動画を一時停止したような感じ。薄皮一枚、成瀬先生の周りだけね。部屋全体の空気は、相変わらず動いてるんです。

 

この状態で瞑想や坐禅をしたら、さぞやよく坐れるだろうなと思いました。止まった状態、「止」の状態。瞑想では「止観」ということが言われて、「止(サマタ)」「観(ヴィパッサナー)」と便宜上分けたりもします。波立つ意識を何かに集中させて「止まった」状態にして、水鏡のようにそこに映る想念を「観ていく」と。

「止まる」も「観る」も呼吸上というか意識の内側のテクニックだと思っていたので、「見える化」はできないものだと思い込んでいました。だけど呼吸が(きちんと)止まれば、それは身体上にも「静止」として現れ、それに伴い意識のさざ波もしずまっているのだろうなと。

 

坐禅中に、我慢くらべみたいに「ジッと動かずにいる」のとは明らかに違うんです。それってそれこそ「グッと息をこらえて」全身を緊張させてるだけで。むしろ雑念を増殖させるだけというか。

 

こころを調えるには、まず体からなんだなあと痛感させられる成瀬先生の呼吸法でした。

 

「あの人、心の広い人だねとか言うけど、心が広いとか狭いって、どうやって測るの? 物の量が多いとか少ないというのとは違うじゃないですか? じゃあ、どこまで広くたって構わないわけですよ。人間の意識領域というものは、どこまでも拡げられるんです。可能性としてね。だから瞑想する必要があるし、『いっぱいまで自分の意識を拡げる』という表現も出てくるんです。『宇宙の果てまで行ってきた』っていうのも、意識をそこまで飛ばして戻って来る、ということなんです」(成瀬雅春・談)

 

取材中には「空中浮揚」やそれの動力源だという「クンダリニー」エネルギーの話題も出てきましたが、成瀬先生は淡々とした様子で多くを語らず。なんというかご本人的には他人事というか遠い過去の出来事といったご様子で、もうそういうの飽きたんだよ的な印象を受けました。

クンダリニー開発は今も指導されてるようですけど、「基本はハタヨーガをコツコツやることですよ。でもみんな地味な事はやりたくないんだよね(笑)」とおっしゃってました。

 

順番前後で恐縮ですが、上記のバストリカ・プラーナヤーマで激しい鼻呼吸を成瀬先生が行なってる際、足元がグラグラ地震のように(震度2くらいの微震ですが)揺れる体感があって、ビックリしたなあ。2メートルくらい離れたところで動画撮ってたんですけどね。

同行の編集者に後で電話で話したらおもいきり黙られたので、感じていたのは僕だけ?

 

と、「半分目に見えない世界」を語っていくのは難しいなあ。手がかりとなる自分の体感を、まずは信じるしかないと思うんですけどね。